こんにちは。ごきげんライフ探求家のつむくんです。
僕は、人生で一番大事なのは「ごきげん」だと思っています。
僕の中でのごきげんは、主導権を持っている感覚です。
いろいろ試してきて、主導権が整っていると人生は前に進みやすいんだな、ということを体感してきました。
このブログでは、主導権を整えながら攻め続けるための思考を記録しています。
ビジネスや生活の中で試していることや、そこから得た気づきも書いています。
今回は、その中でも僕がかなり大事にしている
「整えるのは、守るためじゃない。攻めるためです」
という感覚について整理してみます。
読んだあとに、整えることを単なる「守り」ではなく、自分が前に進むための準備として捉えられるようになっていたら嬉しいです。
ごきげんでいると、人生は前に進みやすい
僕は、人生で一番大事なのはごきげんであることだと思っています。
かなり個人的な考えです。
でも、いろいろやってきた中で、結局ここが整っていると物事は前に進みやすいなと感じています。
逆に、ごきげんじゃない時は、うまくいかないことそのものよりも、必要以上にモヤモヤしたり、動けなくなったりしやすい気がしています。
ただ、ここで言うごきげんは、ずっと楽しいとか、前向きでいるとか、そういう意味ではありません。
僕の中でのごきげんは、主導権を持っている感覚です
僕の中でのごきげんは、主導権を持っている感覚です。
つまり、自分でハンドルを握っている感覚です。
もちろん人生って、思い通りにいかないことも多いし、うまくいかない日も普通にあります。
でも、その中でも「これは自分で選んでいる」と思えると、そこまで苦しくなりにくいです。
逆に、人や環境に振り回されている感じになると、すごくモヤっとします。
たぶん僕は、出来事そのものよりも、主導権がない感じにしんどさを感じやすいんだと思います。
主導権が整っていると、人は前に進みやすい
僕はどちらかというと、何かを試したり、新しいことをやってみたり、前に出たりしたいタイプです。
ビジネスでも生活でも、ちょっと実験してみたくなるし、思いついたら試してみたくなります。
じっと守るより、気になったものは触ってみたいほうです。
でも、主導権が乱れていると全然攻められません。
生活が崩れていたり、体調が悪かったり、気持ちが散っていたり、人や環境に振り回されていたり、自分の習慣や弱さに引っ張られていたり。
そういう状態だと、頭では「やりたい」と思っていても前に出にくくなります。
たぶん僕にとって、攻めるって気合いの話ではなくて、状態の話なんだと思います。
やりたいことがあるなら、その前に、自分が動ける状態にあることが大事になる。
そう考えると、主導権が整っていることって、前に進むための土台なんだと思います。
主導権には、外側と内側の2種類があると思っています
僕の中では、主導権には大きく2種類あると思っています。
1つは、外側の主導権です。
人や環境、仕事、状況などによって、自分の選択が奪われている感じ。
たとえば、周りに振り回されすぎている時や、環境の影響を強く受けすぎている時は、外側の主導権が乱れている感じがします。
もう1つは、内側の主導権です。
自分の習慣だったり、甘えだったり、弱さだったり、依存だったり。
外から何かをされているわけではないけど、自分の内側に引っ張られて動けなくなる感じです。
この外側と内側、両方の主導権が整っていると、人はかなり動きやすくなる。
逆に、どちらかが乱れていると、やりたいことがあっても攻めにくくなる。
僕はそんなふうに感じています。
ちなみに、僕が考えている主導権の「外側」と「内側」については、別記事で少し詳しく整理しています。
人や環境に振り回されることと、自分の習慣や弱さに引っ張られることは、どちらも主導権の乱れにつながると思っていて、その違いは下記の記事にまとめています。
だから僕は、主導権を整えることを大事にしています
僕は、ごきげんでいることが大事だと思っています。
そのごきげんは、主導権を持っている感覚だと思っています。
そして主導権が整っていると、人は前に進みやすくなる。
だから僕は、主導権を整えることを大事にしています。
ここだけ聞くと、わりと普通の話に聞こえるかもしれません。
でも、僕の中ではもうひとつ大事な感覚があります。
それが、整える理由です。
整えるのは、守るためじゃない。攻めるためです
整えるという言葉って、少し守りっぽく聞こえる気がしています。
無理をしないとか、崩れないようにするとか、安定するとか。
どちらかというと、前に出るためというより、傷つかないための言葉として受け取られやすい気がします。
もちろん、それも大事だと思います。
守ることが必要な時期もあるし、立て直しが最優先の時もある。
でも、僕の場合は少し違います。
僕は、整えるのは守るためじゃないと思っています。
攻めるためです。
無難に生きるためでも、ただ平和に暮らすためでもない。
僕が整えたい理由は、整えたその先でもう一回前に出たいからです。
整っていると、また試せる。
整っていると、また動ける。
整っていると、また攻められる。
だから整える。
僕にとって整えることは、攻め続けるための土台づくりに近いです。
守ることが悪いわけではありません
ここは少し補足しておきたいところです。
僕は、守ることが悪いとは全然思っていません。
疲れている時、削られている時、うまくいっていない時。
そういう時には、ちゃんと守ることが大事だと思います。
無理に攻めない方がいい時期もあると思っています。
ただ、僕自身の根っこの感覚としては、守ることを最終目的にはしていません。
整った状態でまた前に出たい。
整った状態でまた試したい。
整った状態でまた動きたい。
そういう気持ちの方が強いです。
だから僕にとって整えることは、休むためだけのものではなく、また進むための準備なんだと思います。
サッカーでいうと、攻撃にも参加するサイドバックみたいな感じです
この感覚をうまく言葉にしようとした時に、僕の中でしっくりきたのが、サッカーのサイドバックです。
守備もする。
でも、チャンスがあれば前に出る。
ずっと後ろに張りついているわけでもないし、かといって守備を捨てて前に行くわけでもない。
ちゃんと整えながら、出られる時には出る。
この感じが、今の自分には結構近いです。
整える → 攻める → また整える
僕はそういう循環を大事にしたいと思っています。
生活も、お金も、仕事も、攻めるために整える
この感覚は、考え方だけの話ではなくて、かなり日常的なことにもつながっています。
たとえば、寝不足が続くと頭が働きにくくなります。
体に小さな不快が積み重なると、それだけで気力が削られます。
お金の不安が強すぎると、大胆な選択がしづらくなります。
仕事で消耗しすぎると、新しいことを試す余白がなくなります。
だから、生活を整える。
体を整える。
お金の流れを整える。
仕事との向き合い方を整える。
それは「ちゃんとした人になるため」というより、ちゃんと攻められる自分でいるためなんだと思います。
睡眠や身体の不快、生活リズムの乱れのようなものが、どう主導権に影響するのかは、下記の記事で書いています。
このブログは、その思考と実験の記録です
このブログでは、そうやって主導権を整えながら攻めていく中で考えたことや、実際に試してみたことを書いていこうと思っています。
生活のこともあるし、お金のこともあるし、仕事のこともあるし、もっと細かい実験みたいな話もあると思います。
一見バラバラに見えるかもしれませんが、僕の中ではわりとつながっています。
ごきげんでいる。
つまり、主導権が整っている。
前に出る。
また整える。
その繰り返しの中で感じたことを、思考ログとして残していく場所です。
何か正解を教えるというより、僕自身がどう考えて、どう試して、どう変わってきたのかを記録していく。
その中に、同じようにモヤっとしながら進んでいる人のヒントになるものが少しでもあれば嬉しいです。
まとめ
僕は、人生で一番大事なのはごきげんだと思っています。
そして僕の中でのごきげんは、主導権を持っている感覚です。
主導権が整っていると、人は前に進みやすくなる。
だから僕は、主導権を整えることを大事にしています。
ただ、整える理由は、ただ守りたいからではありません。
僕は、整った状態でもう一回前に出たい。
だから、整えるのは守るためじゃない。
攻めるためです。
今のところ、僕はそんな感覚でやっています。






